ミシュランのない街に、世界の美食家が集まる理由

訪れた場所:メルボルン(オーストラリア)

 実は、メルボルンにはミシュランガイドがありません。それでも、世界中の美食家たちがこの街を目指します。その理由を探しに、メルボルンのファインダイニングを巡ってみました。

ゴシックの空間と、マウント・メアリー

▲レイン&ラルー

 メルボルン初日のディナーに訪れたのは、1890年代の旧証券取引所を改装した「Reine & La Rue」です。ネオゴシック様式の重厚な空間を活かした、華やかなレストランでした。

 シグネチャーコースは、羊乳チーズのカスタードを詰めた小さなシュー、殻を器にしたホタテの一皿、そしてビーフタルタルから始まります。どれも完成度が高く、旅の初日にふさわしい高揚感がありました。
 特に印象に残ったのは、生牡蠣です。ニューサウスウェールズ州パンブラ産のシドニーロックオイスターと、南オーストラリア州産パシフィックオイスターの食べ比べ。小ぶりで味の凝縮したものと、大ぶりでクリーミーなもの。同じ国の牡蠣とは思えないほど個性が違います。

 合わせたワインは、ヤラバレーの「マウント・メアリー シャルドネ 2014」。普段あまり飲んでこなかったオーストラリアワインへの印象を、大きく変えてくれる一本でした。

 スペシャリテの鴨レバーとフォアグラのパルフェ、追加したモートンベイバグも見事でした。一方で、和牛のグリルは少し期待とは違いました。日本の和牛を想像してしまったこともあり、旅先では「知っているつもりの食材」ほど、思い込みを外して向き合う必要があるのだと感じました。

 歴史的建築を活かした空間、華やかな料理、上質なワイン、そして特別な日を祝う人々。そのすべてが重なり合って、この街のファインダイニングは成り立っているように感じました。

▲モートンベイバグ

▲和牛のグリル

Atticaが見せた、土地の記憶

 別の日に訪れたのは、世界的にも知られる「Attica」です。店のテーマは、オーストラリア先住民の食文化「ブッシュ・タッカー」。メニューには、エミュー、ワニ、カンガルーといった、この土地ならではの食材が並びます。

 最初に登場したエミューやロゼラ、タマリンドを使った皿は、独特な素材でありながら、料理としては驚くほど洗練されていました。フラットブレッドに散らされた黒い粒は、なんとアリ。初めての体験でしたが、独特の酸味がアクセントになっていて、食材への先入観が少し揺らぎました。

 この日もワインはオーストラリアから。提案されたのは、ビクトリア州ジーロング地区の名門ワイナリー「By Farr」のシャルドネでした。前日のマウント・メアリーに続き、オーストラリアワインの奥深さを実感する一本でした。

▲アティカ

▲前菜3種

▲バイ・ファー

▲マジックマッシュルーム

 コースの途中には、キッチンツアーも用意されていました。メインキッチンを抜け、パティスリーキッチンを通り、外の不思議な空間で「マジックマッシュルーム」と名付けられた口直しを味わう。料理だけでなく、体験全体をデザインしようという意思が伝わってきます。
 メインにはカンガルーの肉が登場しました。癖や臭みはほとんどありません。ただ、純粋な肉の美味しさだけで比べれば、牛や鴨の方が魅力的に感じたのも正直なところです。

 けれど、Atticaの凄さはそこではありません。扱いやすい食材ではなく、あえてこの土地に根ざした素材を選び、それを世界水準のファインダイニングへと昇華していることにあります。
 珍しいものを食べさせるだけなら、話題性で終わってしまいます。しかしこの店では、食材、技術、サービス、演出が一体となり、オーストラリアの文化や歴史が自然に体験の中へ織り込まれていました。

グラスと皿に映る、土地の恵み

▲コーヒー・マッシュルーム

 ヤラバレーのワイナリーツアーから戻った夜、まず向かったのは、世界的に高い評価を受けるカクテルバー「Byrdi」です。店内は、一般的なバーとはまったく違う洗練された空間。酒瓶がずらりと並ぶのではなく、地元の素材や季節を使った独創的なミクソロジーカクテルが提供されます。

 一杯目は「BOTTLEBRUSH + TOMATO」。トマトを使ったカクテルと聞いて半信半疑でしたが、爽やかな酸味と旨味が重なり、想像以上に美味しい一杯でした。二杯目の「COFFEE + MUSHROOM」も、奇抜さだけではなく、きちんと味として成立しています。地元の生産者と協力し、季節や土地をグラスの中で表現する。そう知ると、意外に見える組み合わせにも、この街の今が映っているように感じられました。

 その後に訪れた「Farmer’s Daughters」は、同じ土地の恵みを、もっと自然体で皿の上に表現する店でした。ビーツやブッラータ、グラスフェッドビーフ、地魚など、ビクトリア州の食材を主役にした料理が並びます。奇をてらった演出はありませんが、素材の持ち味を素直に引き出していました。

 Byrdiが土地の恵みをグラスの中で進化させていたとすれば、Farmer’s Daughtersは、その豊かさを日常の延長で楽しませてくれる店でした。形は違っていても、どちらにも同じ土地の空気が流れていました。

▲ファーマーズドーター

▲ビーツとチーズ

最後は、この国の肉で締めくくる

 最後の夜、ディナーの前にユーレカタワーへ立ち寄りました。88階の展望台から夜景を眺めながら、この街で過ごした数日間を振り返ります。

 初日のReine & La Rueで食べた和牛は、少しだけ期待と違っていました。オーストラリアに来たのなら、日本の和牛を探すのではなく、この国ならではの肉を味わうべきだったのかもしれません。そう思って向かったのが、ウォーターフロントエリアにある「Rockpool Bar & Grill」です。

 お目当ては、タスマニア産の牧草牛を長期熟成させた骨付きリブアイ「ケープ・グリム」。オーストラリアへ来たからには、一度は食べてみたいと思っていた肉です。ワインは、すっかりファンになったマウント・メアリーの赤「Quintet」。5種類の伝統的なブドウ品種に由来するその名の通り、力強さの中にも品のある一本でした。

 待望のケープ・グリムは、噛むほどに旨味が広がる力強い赤身。重たさはなく、最後まで美味しく食べ進めることができました。初日の違和感が、ようやくここで回収されたような気がしました。

▲エージングビーフ

▲最高のステーキ

 Reine & La Rue、Attica、Byrdi、Farmer’s Daughters、そしてRockpool Bar & Grill。それぞれ形は違っていても、その向こう側には、いつもメルボルンという街の姿がありました。
 歴史ある建築、この国ならではの食文化、地元の食材、生産者たち、そしてそれを楽しむ人々。そのすべてが一皿の上でつながっていたからこそ、この街の食は世界中の人々を惹きつけるのでしょう。

 ミシュランガイドがあるかどうかだけでは測れない、美食の厚み。それこそが、世界の美食家たちがメルボルンを目指す理由なのかもしれません。

written by Nob2

20代からホテル、飲食サービス業に従事、福岡市のホテルイルパラッツォ、北九州市の門司港ホテル、札幌市のジャスマックプラザホテルなどの経営に携わる。2006年、ワールド・グルメ・バイキング宮崎山形屋店をオープンさせ話題に。2019年、全事業を売却しフリーのコンサルタントに。様々な国や地方の食文化を学びながら、モットーである、サービス業を通して「街を元気に、街の暮らしを豊かに」するを実践中。

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