豆の採れないコーヒーの聖地

訪れた場所:メルボルン(オーストラリア)

▲デグレーブス

 世界有数の美食の街として知られるオーストラリア・メルボルン。その魅力を支えているのは、ワインやレストランだけではありません。実はこの街は、「コーヒーの聖地」とも呼ばれています。
けれど、不思議なことがあります。メルボルンではコーヒー豆は採れません。それでも世界中の人々が、この街の一杯を求めて訪れます。
その理由を探しながら、街を歩いてみました。

路地が育てたコーヒー文化

 香港経由の深夜便で早朝にメルボルンへ到着しました。リムジンバスと無料トラムを乗り継いでホテルへ向かうと、午前八時にもかかわらず、スタッフの厚意で部屋を用意してくれました。旅の疲れを癒やし、街へ出ると、十九世紀の面影を残す街並みが迎えてくれます。「南半球のパリ」と呼ばれるのも納得の美しさでした。

 この街を歩いてまず驚いたのは、大通りではなく路地に人が集まっていることです。メルボルンには「Laneway(レーンウェイ)」と呼ばれる路地文化が根付いており、小さなカフェやレストランが肩を寄せ合うように並んでいます。その象徴が、デグレーブス・ストリートです。石畳の細い路地には黒いカフェテントが並び、まるで路地全体が一つのカフェのようでした。

 「CAFE ANDIAMO」のテラス席で注文したのは、メルボルンを代表するフラットホワイト。ラテより控えめなミルクとベルベットのような滑らかな泡が、エスプレッソのコクを優しく包み込みます。
新聞を読む人、友人と語り合う人、ただ静かにコーヒーを楽しむ人。それぞれが思い思いの時間を過ごす光景を眺めながら、この街の魅力は一杯のコーヒーだけではなく、「人が集い、時間を楽しむ文化」そのものにあるのだと感じました。

▲アンディアーモ

▲フラットホワイト

七粒から始まった物語

▲ブラザー・ババ・ブタン

 街歩きの途中で立ち寄ったのが、「Brother Baba Budan」です。店内へ入ると、まず目に飛び込んでくるのは、天井いっぱいに逆さまに吊るされた木製チェア。世界中で話題になったユニークなインテリアです。

店名の由来となったのは、十七世紀の聖人ババ・ブダン。国外への持ち出しが禁じられていたコーヒー豆を七粒だけヒゲに隠し、命がけでインドへ持ち帰ったという逸話が残されています。その七粒が世界へ広がるきっかけになったと伝えられています。

▲二杯目のフラット

 そんな店で味わうフラットホワイトは、ミルクの甘みの奥から澄んだコクが立ち上がる一杯でした。世界的な人気店でありながら、店内には観光客だけでなく常連らしき人たちも自然にコーヒーを楽しんでいます。特別な観光地ではなく、街の日常に溶け込んでいる。その空気こそが、メルボルンらしさなのかもしれません。

この街だけの一杯

 先日行きそびれたカフェを目指し、デグレーブスを再び訪れました。エスプレッソ文化を受け継ぐ老舗「Degraves Espresso」で、どうしても飲んでみたかったのが、メルボルン発祥といわれる「マジック」です。

エスプレッソの抽出前半(リストレット)を二回分使い、通常より少ないフォームミルクを合わせる一杯。エスプレッソほど濃すぎず、フラットホワイトほどミルクが多すぎない。コーヒーのコクとミルクの甘みが心地よく調和した、メルボルンらしい味わいでした。

▲デグレーブスエスプレッソ

▲店内

▲マジック

▲ポーク爆弾

 朝食には「Pulled Pork Bomba Benedict」を注文。プルドポークの上には“爆弾”を思わせるコロッケがのり、ポーチドエッグにはたっぷりのオランデーズソース。見た目以上のボリュームでしたが、濃厚な朝食をマジックがすっきりとまとめてくれます。

 正直、メルボルンを訪れるまで、「マジック」という一杯の存在すら知りませんでした。同じオーストラリアでもシドニーなどでは通じないこともあり、店によってはメニューにも載っていません。観光客向けの名物ではなく、この街で暮らす人たちの日常に根付いた一杯なのでしょう。

 そんなローカルだけの小さな楽しみが、今も自然に受け継がれている。そのことにも、メルボルンのコーヒー文化の奥深さを感じました。

最後までメルボルンだった

 旅の最後、空港で出発までの時間を過ごそうとロビーを歩いていると、目に入ったのは世界的なチェーン店ではなく、街を代表するロースター「ST. ALi」の文字でした。多くの国際空港では、どこの国でも見慣れたチェーン店が並びます。しかし、この街では最後の最後までローカルの本格的なコーヒー文化が旅人を迎えてくれます。

 路地裏のフラットホワイトに始まり、「Brother Baba Budan」、そしてマジックを味わい、最後にまたメルボルンを代表するロースターの一杯に出会う。振り返れば、旅そのものがコーヒーを軸につながっていました。

 この街にはコーヒー豆の農園はありません。それでも世界中から人が惹きつけられるのは、異文化や新しいアイデアを柔軟に受け入れながら、最後は自分たちの街の味へと昇華してしまう気質があるからなのでしょう。

 だからこそ、メルボルンは「コーヒーの聖地」と呼ばれているのだと思います。

written by Nob2

20代からホテル、飲食サービス業に従事、福岡市のホテルイルパラッツォ、北九州市の門司港ホテル、札幌市のジャスマックプラザホテルなどの経営に携わる。2006年、ワールド・グルメ・バイキング宮崎山形屋店をオープンさせ話題に。2019年、全事業を売却しフリーのコンサルタントに。様々な国や地方の食文化を学びながら、モットーである、サービス業を通して「街を元気に、街の暮らしを豊かに」するを実践中。

上部へスクロール