
異文化から生まれた街の味

訪れた場所:メルボルン(オーストラリア)

▲12使徒(グレートオーシャンロード)
コーヒー文化を通して見えてきたのは、メルボルンという街の懐の深さでした。けれど、この街の食の魅力はカフェだけではありません。イギリスやイタリア、フランスなど、外からやってきた食文化が、この街の暮らしの中で少しずつ姿を変え、今ではすっかりメルボルンの日常に根づいています。
街を歩きながら、そんなメルボルンの“胃袋”を覗いてみました。
最古のパブで味わうチキンパルマ

▲タップが並ぶカウター
朝の街歩きのあと、ランチに訪れたのは、フリンダース・ストリート沿いにある「The Duke of Wellington」です。1853年創業、メルボルン最古の営業許可を持つパブとして知られています。クラシカルな外観とは対照的に、店内は気取らない雰囲気。まずは地元のペールエール「FURPHY」を注文しました。軽やかなビールを飲みながら、サワーブレッドに濃厚なバターを塗ってつまむ。旅の緊張が、少しずつほどけていきます。
お目当ては、オーストラリアのパブ文化を代表する定番料理、チキンパルマです。叩いて薄く伸ばした鶏胸肉にパン粉を付けて揚げ、トマトソースとたっぷりのチーズをのせて焼いた一皿。現地では「パルマ」や「パーミ」と略して呼ばれています。ルーツはイタリア移民の料理にあると言われていますが、そこに英国系パブ文化とオーストラリアらしい豪快さが混ざり、今ではすっかり“パブ飯”として定着しています。
冷えたペールエールを飲みながら、チキンパルマを頬張る。別添えのフライドポテトにサラダ。飾らないけれど、実に満たされる昼食でした。

▲クラシカルな外観

▲ペールエール

▲チキンパルマ
市場の片隅で頬張るミートパイ

▲クィーン・ビクトリア・マーケット
チキンパルマがパブ文化を象徴する一皿なら、もう一つのメルボルンの日常を感じさせるのがミートパイです。訪れたのは、Queen Victoria Marketに店を構える老舗ベーカリー「Ferguson Plarre Bakehouses」。ショーケースには、ミートパイ、ソーセージロール、ビーフ&マッシュルーム、コテージパイなど、黄金色のパイがずらりと並んでいました。
迷った末に、基本のミートパイとチャンキーステーキパイを注文。熱々の包みを受け取り、混雑するマーケットの片隅でようやくベンチを見つけました。
パイを割ると、中から濃厚なグレイビーと牛肉が現れます。飛び抜けて華やかな味ではありません。むしろ素朴で、どこか家庭的な味です。
食べながら、これはこの国のおにぎりのような存在なのかもしれないと思いました。肉の煮込み料理も、パイで包めば片手で食べられ、腹持ちもいい。ゴールドラッシュで発展したメルボルンの街で、こうした料理が日常へ深く根づいていったのも自然なことに感じられます。
特別なご馳走ではない。けれど、多くの人の仕事や暮らしを支えてきた味。市場の片隅で頬張る熱々のパイには、この国の生活感が詰まっていました。

▲ファーガソン・プレラ・ベイクハウス

▲ミートパイ
英国が残した鉱山の記憶、パスティ
パイ文化を探る中で、もう一つ気になっていたものがありました。日本ではあまり知られていない「パスティ」です。半月型に折られた生地の端が縄状にねじられているのが特徴で、英国・コーンウォール地方発祥とされる料理です。もともとは鉱山労働者たちの携帯食だったと言われています。泥や汚れがついた手でも、ねじられた端を持てば中身を汚さずに食べられる。そんな実用性を持った食べ物でした。
最初に出会ったのは、グレートオーシャンロードツアーの途中で立ち寄った海辺の街、アポロベイのベーカリーでした。食べてみると、ミートパイより野菜感が強く、素朴な英国の家庭料理という印象です。

▲グレート・オーシャン・ロード

▲パスティ
再び出会ったのは、ベルグレーブの人気店「Pie in the Sky」。数々のパイコンテストで優勝経験を持つ有名店です。山間の街の空気も相まって、パスティの素朴さがよく似合っていました。正直、個人的にはパスティよりも、ここで食べたミートパイの方が強く印象に残りました。サクサクの生地を割ると、熱々の肉汁と濃厚なグレイビーが溢れ出します。もはやスナックではなく、立派な料理の一品でした。
英国から渡ってきた食文化が、移民の歴史や土地の暮らしの中で磨かれ、今もこの国の日常の味として生き続けている。パイやパスティには、そんなメルボルンの歴史が重なっていました。

▲メンジーズクリーク駅

▲山間のパスティ
世界を虜にしたクロワッサン

▲ルーン
ヤラバレーのワイナリーツアーへ向かう朝、集合場所の目の前にあったのが、メルボルンを代表する人気ベーカリー「Lune」でした。まだ朝早いにもかかわらず、店の前にはすでに行列ができています。目当ては、“世界一のクロワッサン”とも称される名物クロワッサンです。
創業者は、元F1チームの空力エンジニアだった女性。温度や湿度、生地の折り込み回数に至るまで徹底的に計算し、クロワッサン作りをまるで精密な工業製品のように磨き上げたそうです。

▲クロワッサン
選んだのは、王道のクロワッサンと、アーモンドを使った一品、そして青唐辛子がのった惣菜系クロワッサン。一口かじると、薄い層がパリパリと崩れ、発酵バターの香りが一気に広がります。中心部分は驚くほどしっとりしていて、単なる“サクサク”だけでは終わらない奥行きがありました。
中でも印象に残ったのは、青唐辛子のクロワッサンです。青唐辛子の刺激と濃厚なチーズ、生地のバター感が不思議なほどよく合います。フランスの伝統菓子という枠を軽々と飛び越えた、自由で大胆な一品でした。思えば、この旅では何度も、そんな“メルボルンらしさ”に出会ってきました。
イタリア移民が持ち込んだ食文化はチキンパルマとなり、英国由来のパイやパスティはこの国の日常食として根づき、フランス菓子のクロワッサンまでもが、この街で独自の進化を遂げています。外からやってきた食文化を拒まず、自分たちの暮らしに合わせて受け入れ、最後はちゃんと、この街の味にしてしまう。
異文化から生まれたメルボルンの味。その本当の美味しさは、レシピの正しさではなく、どんな文化も自分たちの色に染めて愛してしまう、この街の懐の深さにあるのだと思いました。
written by Nob2
20代からホテル、飲食サービス業に従事、福岡市のホテルイルパラッツォ、北九州市の門司港ホテル、札幌市のジャスマックプラザホテルなどの経営に携わる。2006年、ワールド・グルメ・バイキング宮崎山形屋店をオープンさせ話題に。2019年、全事業を売却しフリーのコンサルタントに。様々な国や地方の食文化を学びながら、モットーである、サービス業を通して「街を元気に、街の暮らしを豊かに」するを実践中。



